【不登校】適応指導教室へ行く

不登校
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妹が『適応指導教室に行きたい』と言ってから1週間後・・・見学の予約をしている日がやってきました。


しかし当日の朝は自ら行きたいと行ったにもかかわらず、全く行きたくないような雰囲気を醸し出していました。


嫁が『その学校に行けば、登校してハンコを押してくれば出席日数としてカウントしてくれるみたいだよ』という話しをしていたようで、登校日数を気にしていた妹が『学校に行きたい』というよりも『行かなければならない・・・』という切羽詰まった気持ちになっていたのだと思います。


実際はしっかり通えるようになってから、適応指導教室側で『本日は登校しました』と認めてもらえることで出席日数とカウントしてもらえるのですが、理由は何にしろ自ら『行きたい』となってくれたので嫁のちょっと違っていた情報は今となれば ”ファインプレー” だったと思います。


妹は本音は行きたくなかったのだと思います。


たぶん彼女の頭の中では1年半後に迫る【高校受験】があって、逆算でのタイムリミットだったのでしょう。


何はともあれ、気持ちが全く乗らないままで見学の予約日を迎えてしまったわけです。


嫁は何とか妹を連れ出し、適応指導教室へ行くことができました。


この日は学校についての説明を受け、適応指導教室からの書類を中学校へ届けに伺いました。


妹が中学校へ行くのは9カ月ぶり・・・


さすがに学校へ入ることはできずに妹は車で待ち、嫁が中学校へ書類を渡してきたのですが、これまで車で通りすぎることも嫌がっていた妹が中学校の敷地の中に入れたことに、嫁は『今日は頑張ったよね~!』と嬉しそうな表情をしていました。


たかがこれだけの事でしたが、我が家にとっては本当に嬉しい出来事でした。


妹も精一杯頑張った1日だったことでしょう。


この日、また一歩だけ前に進むことができました。


これで次の日からさっそく登校・・・と思いきや、これまでと変わらない朝が待っていました。


まぁ予想はしていましたが、行けるようになるかもしれないけど、もしかしたらこのまま行けないかもしれない・・・


あとは本人しだいです。


その後も家で料理をしたりたまに友達と遊んだりはするのですが、学校に行く気配はない。


さて・・・どうなるんでしょ、ってな感じですよね。


それでも、ここで妹に何も言わずに待つことができる忍耐力を自分と嫁は持っていました。


これは今までの経験で得たもの。


ここで我慢できずに発する一言で状況が悪化する可能性が多いにあることを知っていましたから。


適応指導教室は自宅から3Km弱で歩けば30分程かかる場所にあります。


妹が歩いて行くほどの気力があるわけもなく、基本的には嫁の夜勤に合わせて車で送迎となります。


ま、嫁の実家でおじいちゃんも待機していてくれるので送迎は何とかはなるのですが、大変なのが嫁。


『今日は行くのだろうか?』と夜勤入りの日は日中に仮眠を取ることができず、夜勤明けの日は疲れて帰ってきてもすぐには寝れない。


本当に大変だったと思います。


そんな中、初めて適応指導教室に顔を出してから11日後、嫁の夜勤入りの日に再び学校へ行くことができました。


しかし授業を受ける為ためではなく、登校のサインをするためだけにです。


まだこの頃は嫁も妹もサインをすれば出席になると思っていたので、とりあえずそれが目的だったんですね。


当然サインだけですぐに帰れるわけでなく学校の代表の先生とお話をしてくるのですが、どんな学校か?通うことの大事さ等をお話されるそうなんです。


自分は行ったことがないので分からないのですが、とにかく同じ話を延々とされると。


嫁によると話を聞いている妹の顔が完全に死んでる状態(笑)


その先生の風貌からか服装からかはわからないのですが嫁と妹はその先生を ”マフィア” と呼んでいました。


『マフィアの話、長え~~~・・・』


二人とも口をそろえます。


さらに二日後にまたサインに行くと、また同じ話で妹の顔はさらに死んでいたそうです(笑)


この日いつもと違ったことは、新しいリュックを買いに行ったこと。本格的に通おうとする準備なのか・・・


と思っていましたが、この後も適応指導教室に行ってサインをして戻ってくる・・・ということが1か月ほど続きました。


果たして、いつまでこの状態が続くのだろうか。

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