姉は行ったり行かなかったりの五月雨登校、妹は完全不登校という我が家にとっては由々しき事態。
もしも、長男の不登校を経験せずに我が家がこの状況を迎えていたとしたら、いったいどうしていたのか・・・
きっと自分も嫁も、事態の複雑さに対応できずに、長い時間を過ごしていたのではないでしょうか?
しかし、長男の時に様々な知識を得ていた我が家には『頼るべき場所』はスクールカウンセリングのおじいちゃん先生しかいないと決まっていました。
2月の中旬、我が家にとって約3年ぶりのスクールカウンセリング。
今回は嫁が一人で伺います。
そして、嬉しいことに長男が不登校の時に助けて頂いたおじいちゃん先生と再会をすることができたのです!!
ホント『良かった・・・』の一言です。
最初のカウンセリングは、ほとんどの時間が我が家の現状を伝えることに使われました。
なにせ、二人分なもんで・・・ (-_-;)
なので、初回のアドバイスは
『何よりも二人の気持ちを最優先にしてあげて下さい。』
という簡単なものでした。
本格的なカウンセリングは次回から・・・という感じで終わったそうですが、その後先生から
『3月になると、私たちも異動の時期になります。このまま残れると良いのですが、違う学校の担当になるかもしれません。』
という衝撃の一言・・・
(;゚Д゚)マジカ・・・
これだけはいくら先生にお願いしたところで何ともできないこと。
先生は『私も相談を受けた以上、カウンセリングを続けたいのですが・・・』
と言ってくれましたが、こんなに学校がある中でまた同じ学校に当たる確率なんて、ほとんどないはず。
ここで普通であれば『運を天に任せるしかない』となってしまいますが、実は全く心配していませんでした。
なぜかと言えば、どんな手を使ってでもおじいちゃん先生のカウンセリングを受けるという覚悟を自分も嫁も持っていたからなのです。
学校や教育委員会・・・どこにでも行くつもりでしたから。
やはり、今までの経験が心を強くしてくれ、背中を押してくれているようです。
おじいちゃん先生とは次回の予約はとりあえず保留ということで、今回のカウンセリングは終わりました。
カウンセリング的に今回は具体的な指示等はありませんでしたが、カウンセリングの目的はそれだけではありません。
なかなか人には相談できないことを全て聞いてもらえること、前に進む力を与えてもらえることで沈んでいる私たちの心に栄養を与えてくれ、心を軽くしてくれるのです。
『よし。頑張ろう』
という気持ちにさせてくれるのです。
本当にこの出会いには感謝しかありません。
この後も姉妹の状況は平行線の状況が続きました。
ある日、長男と姉妹がテレビのチャンネル争いでケンカを始めました。
その流れから家族全体が重い雰囲気になり、なぜか嫁まで不機嫌に。
そして、その流れ弾が自分に飛んできました。
何を言われたのかはあまり覚えていないのですが、全ての事は長男に対するパパの行動から始まった・・・みたいなことを言われたのです。
我が家で不登校が起きてから、自分は怒ることがなくなりました。
それは、いろいろな選択肢の中に『怒る』という感情を入れることを排除してきたからのような気がします。
そして嫁が私に放った言葉は、長男の不登校⇒復学 の長い時間を使って癒された私の心の傷を、再び傷つけたのです。
私は自分が悪いのは百も承知でそれで苦しみ続けてきたのですから、なぜまたそんなことを言うのかが理解できませんでした。
たぶん、虫の居所が悪かったとか嫁なりのストレスを発散したのでしょう。
それでも、私は怒りませんでした。
辛くて涙が出てきました。
どうしようもなくなり、部屋のクローゼットで気持ちを落ち着かせようと努力しましたが、無理でした。
気付くと、プラスチックの洋服ケースを拳で突き破っていました。
一つでは物足りずに3個も・・・
右腕をみると、筋肉を傷つけてしまったのか異様な盛り上がりをしていました。
自分の心にはずっと『大丈夫。何とかなる。』と言い聞かせて生活をしていましたが、本当は疲れ切っていたのです。
コメント